水曜日, 9月 10, 2008

晩秋の火星




 火星の地表の色だけを見るといつも晩秋の風景ですが、この地で実際に晩秋の頃の撮影のこの画像では、何となく哀愁を感じさせる風景に見えます。

 この画像は、あまりにもNASA好みの地表の色過ぎて私としては面白くないのですが、これが事実の色彩のようなので偽装を断念しました。

 でも、観賞用には、もう少し手を加える必要がありそうですね。

 ローバー・スピリッツちゃんは、1500日過ぎから塵がソーラーパネルに積もりすぎて発電能力が3分の一以下に落ちています。歩行困難なっていて、この場所から10センチメートルも動くことができません。
 現在の発電能力は、250ワット前後で、かろうじて数枚のパノラマデータを撮って送信を続けています。
 ソーラーパネルの塵を払う火星の風は、火星天気予報によると1ヶ月以上待たねばならないようです。

 お茶飲み話として、スピリッツちゃんを興奮させることで、少しはパネルの塵を払えるのではと思案し、NASAにアダルトページ閲覧の提案をしてみました。
 しかし、火星に着いた当初にスピリッツちゃんが、アダルトページから送信されたメールを開封してウィルスに感染したことがあるので、即座に却下されました。

 仕方がないので、これらの火星の画像をNASAに再送信しました。それ以来、連絡がありません。

 何故なんでしょう?

 晩秋から関係が凍り付く初冬に入ってしまったからなのでしょうか?



生データ
赤 L4M1, 600nm (CCD赤集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1559/2P264763221EFFAY00P2272L4M1.JPG

緑 L5M1, 530nm (CCD緑集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1559/2P264763259EFFAY00P2272L5M1.JPG

青 L6M1, 480nm (CCD青集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1559/2P264763282EFFAY00P2272L6M1.JPG

L○M○のLはフィルター番号、Mは撮影順番号。

右下が、同時間帯のカラーチャートの同じRGBデータでの合成画像。


今日の拡大画像 1400ピクセル

火曜日, 9月 09, 2008

火星の秋風景 -2-



 火星太陽日1500日目まで遡って生データを見たけれど、カラーチャートデータを除いてほとんどが左右に20度から30度傾斜した撮影になっている。
 各画像をつなげてパノラマにする際に若干の傾斜が必要なので、少しその手間が省ける?・・・そんな甘くはない、余計につなぎ合わせに工夫が必要になったというのが本音である。

 非常に穿った見方をするならば、自然に近いRGB3原色を合成できるデータをまともに公開しているから、出来上がりの見方を斜めに見て錯覚を引き起こさせようとでもしているのだろうか?

 こうして火星の秋の遠景を見ると、大気汚染されていない空は綺麗だと惑星地球の空と比較してしまう。

 地表に近い空が薄い青に見えるのは、たぶん、地表の太陽光の反射影響なのかもしれない。地表の影が鮮やかでもある。

 NASA指定のカラー画像では、このような火星の秋を見ることもできないだろう。

 これだけ地球に似た風景になるから、茶色で覆っていると良心的に思うことにした。

 くどいけれども、ローバーは、各種の衛星画像で見る限り間違いなく火星地表を徘徊している。
 映画のカプリコーンのようにNASAは無用の心配をしているのだろうか?


生データ
赤 L4M1, 600nm (CCD赤集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1526/2P261833546EFFAY00P2298L4M1.JPG

緑 L5M1, 530nm (CCD緑集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1526/2P261833589EFFAY00P2298L5M1.JPG

青 L6M1, 480nm (CCD青集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1526/2P261833623EFFAY00P2298L6M1.JPG

L○M○のLはフィルター番号、Mは撮影順番号。

右下が、同時間帯のカラーチャートの同じRGBデータでの合成画像。


今日の拡大画像 1400ピクセル

ローバー・スピリッツの見た火星の秋風景




生データ
赤 L4M1, 600nm (CCD赤集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1501/2P259613698EFFAY00P2283L4M1.JPG

緑 L5M2, 530nm (CCD緑集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1501/2P259613742EFFAY00P2283L5M2.JPG

青 L6M1, 480nm (CCD青集積フィルター)
ファイル http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/2/p/1501/2P259613776EFFAY00P2283L6M1.JPG

L○M○のLはフィルター番号、Mは撮影順番号。緑の場合、1回目がデータ欠落と不良になっていたので、2回目の撮影データを採用してある。

右下が、同時間帯のカラーチャートの同じRGBデータでの合成画像。


今日の拡大画像 1399ピクセル

月曜日, 9月 08, 2008

火星の地表は茶色でも空は薄い青を証明したローバー画像と立体視画像



つい最近、厳密に言うと2008年9月7日に、NASAが火星ローバー・スピリッツの最新パノラマ生データを公開しました。
非常に珍しいことに、この生データには、RGB3原色がそのままありました。
従って、カラー合成で明るいところが飛ぶのを防ぐために、元データを50ポイント暗くする補正だけで、ローバー視線でカラーの火星表面を見ることができました。
ご案内の画像は、カラー合成後に鮮やかさと全体的な暗さを若干補正しています。
ほぼ、日中の火星地表の明るさかもしれません。

私たちが火星地表に立ってデジタルカメラで撮るならば、個別のカメラに起こる若干の色調偏差を除いて、このように撮れるかもしれません。その後にNASAのように全面を茶系統で覆うかどうかは、個人の主観の問題でしょう。

私は、このようなローバーが見ている火星の色調が好きです。


カラー合成用の白黒生データは、下記で入手できます。
http://marsrovers.jpl.nasa.gov/gallery/all/spirit_p1651.html





おまけは、ローバー視線での立体視画像です。
上が交差法、つまり眉間から少し先に両目を寄せる寄り目で立体画像が浮かびます。
下の平行法は、ブラウザを突き破って前景がぼやけるその先を見るような見つめ方で、立体視画像が浮かびます。

このように立体視画像を毎日数分、数度繰り返すことで視力を適宜に保てるようですが、効果がありましたら教えてください。


今日の拡大画像 2048ピクセル

木曜日, 9月 04, 2008

最新の火星ローバー・オポチュニティーのカラー画像




『火星巨大クレーター登り切る=活動4年7カ月、老体探査車-NASA
9月4日6時22分配信 時事通信

 【ワシントン3日時事】米航空宇宙局(NASA)は3日までに、火星で4年7カ月余りにわたり活動を続けている無人探査車「オポチュニティー」が巨大なクレーターの斜面を無事登り切った写真を公表した。2004年1月に火星に着陸したオポチュニティーの当初の活動予定期間は90日間。記録的な「長寿」となっている。
 オポチュニティーは昨年9月に直径800メートルの「ビクトリア・クレーター」の斜面を下り、内部の調査活動を続けていた。今年8月に調査が終了し、下りと同じコースを慎重に上って同月28日にクレーターの外に出た。 』


というような記事が徘徊しました。ところが掲載画像が白黒だったので、当方で生写真データでカラー合成してみました。

轍のカラー画像は、NASAの白黒画像で左中央付近です。赤(R)データが緑(G)と青(B)よりもやや傾斜して右側が途切れ左側が広いものであったので、合成したカラー画像でにじみが出ています。

それでも、オポチュニティーのクレーター脱出後を確認できるでしょう。なお、時事通信が直径800メートルの火星クレーターを巨大と表現しましたが、それはローバー視点からの比較であり、無数にある火星クレーターとの比較では極小の部類です。

この轍のカラー合成画像は、赤(R)が750nmの近赤外線フィルター、緑(G)が530nmのCCDグリーン集積フィルター、青(B)430nmの紫外線フィルターの生データを50ポイント暗くしてカラー合成画像で映像が明るく飛ぶのを回避しています。また、赤と青のデータをRGB3原色に近づけるため色づけで当日のオポチュニティーのカラーチャートを参考に補正しています。NASAのデータ公開日は、2008年9月3日です。


その他のかなり鮮明な白黒画像では、9月3日現在、カラー合成用の生データが公開されていません。





もう一つのカラー合成画像は、クレーターの底から這い上がった『湾』の一角です。この生データは、RGB3原色そのものでした。カラー合成で明るく映像が飛ぶのを避けるために、生データを色づけする前に50ポイント暗くしています。NASAのデータ公開日は、2008年8月30日です。


それでは皆様も、このような『天然』カラー合成画像を茶系統色で覆って、NASA指定のカラー画像造りにチャレンジしてみましょう。検討を私祈ってます。

月曜日, 9月 01, 2008

ハリケーン・グスタフ

ハリケーン・グスタフの発生から成長までの雲の動き




一枚の画像では、ハリケーンや台風の発生や成長過程をつかみにくいけれども、時系列で画像をつなぐことで雲の関係する動きを見ることができます。
コスモス・ビジョンでは、今年の4月から3時間毎の地球全体の雲の動きを動画で記録し公開しています。
ハリケーン・グスタフをクローズアップで緊急制作しました。

今後も日本に影響を及ぼしそうな台風の発生や動きを、このように地域拡大でお知らせできればと思って作りました。



地球科学ビデオ 「ハリケーン・グスタフ」


惑星テラ見聞録


ハリケーン・グスタフ 地球の雲の動き 衛星画像 コスモス・ビジョン 惑星テラ見聞録

水曜日, 8月 20, 2008

ハッブル遺産・10万周回記念映像・幻想的なタランチュラ星雲




 1990年4月24日にスペースシャトル・ディスカバリーに運ばれて宇宙で独身滞在を余儀なくされたハッブル宇宙望遠鏡は、18周年を迎えた2008年8月10日午後8時42分(日本時間)に地球周回10万回に達しました。
 その距離は、43億5千キロメートル、地球と月の5,700往復、地球と太陽の14.5往復、直線ならば地球から飛び立ってちょうど海王星に到達する頃です。
 ハッブルは、10万回目の軌道の間に星団NGC 2074の近くで、タランチュラ星雲のほんの一部を熟視しました。
 この領域は、星の創造の火事場風で、近くの超新星爆発によっておそらく誘発されます。
 ここは、私たちのローカル銀河、大マゼラン雲の一角で、地球からおよそ17万光年離れた活発な星形成領域です。
 三次元のように見える映像は、激しい紫外線放射の下で、ヘビ頭のような「創造の柱」、凄まじい白熱したガス状のフィラメント、劇的な塵の峰と谷を明らかにします。
 領域は、新しい星の誕生のふ卵器で、暗い分子雲の端にあります。
 NGC 2074の中で既に生まれた熱い若い星の集団から燃え上がる高エネルギーの放射が、ゆっくり遠方で侵食して星雲の壁を刻んでいます。

 別の若い集団が、光り輝く青いガスの輪の下に隠されているようです。
 この広さ約100光年の空想的な景観では、塵の暗い塔が、分子雲の表面上のガスの強烈な壁より上に現れています。

 タツノオトシゴ形の柱は、長さおよそ20光年あって、私たちの太陽と最も近い星のアルファ・ケンタウリの5倍の距離になります。

 ここでも、私たちのすぐ近くオリオン星雲でも見られる星の卵ボークの胞子が点在しています。
 星雲に対して輪郭を映し出す冷えた分子の水素と塵の小さい塊を見つけることができます。
 
 この領域は、天の川の衛星銀河大マゼラン雲(LMC)にあります。
 ここは、星形成領域で、それらの進化を観察できる魅力的な研究場になっています。
 LMCのような小型銀河は、より大きい銀河の最初の基礎単位であると考えられます。
 この代表的なカラー映像は、ハッブルの広視野平床式カメラ2で2008年8月10日に撮りました。
 赤は硫黄原子、緑は白熱した水素、青は白熱した酸素からの発光を表しています。



時空の旅 「ハッブル遺産・10万周回記念映像・幻想的なタランチュラ星雲」 コスモス・ビジョン


惑星テラ見聞録



お詫び
過日、ヤフーのニューストピックスで当サイトのページがリンク設定されたために、一時的にサーバーの画像転送制限がありました。
現在は、小型台風一過温帯高気圧に変化していますので、画像転送制限も解除されました。
ご迷惑をおかけしたかもしれないことをお詫びいたします。
ということで、お詫びの気持ちとして最新のハッブル映像のビデオを作りました。
小型台風に乗った皆様は、一見さんでたぶんこのビデオは見られないと思います。
少数を大切にする当サイトをこれからもよろしくお願いいたします。



星誕生の場 タランチュラ星雲 大マゼラン曇 ハッブル遺産 コスモス・ビジョン

日曜日, 8月 17, 2008

今日の地球画像 「生きている地球 その1 生存を左右するプレートテクトニクス」




 今日の地球画像は、惑星地球の過去現在未来についてです。
 私たちが年を経るに従い容貌が変化するように、地球も年と共に変化しています。
 それが老化現象となるのかどうかは別として、現在の地球の姿、もっと身近に言えば、日本列島や各大陸が、そのままの状態で続くことはないとなります。
 これから読み進むプレートテクトニクス理論は、離ればなれになっている地球の大陸が、元の鞘に収まりたいと行動していると言えなくもないと理解できそうです。
 専門の学者に言わせれば、あまりにも平易にし過ぎた内容かもしれませんが、難解で理解不能に近い専門ウマ鹿言語で森羅万象を説明し切れているのですかと逆に問いたいものです。
 私・・・専門用語の意味さえ分からないから、私が分かることができる言葉に書き直したつもりです。
 今日の画像シリーズは、作り手の私が理解できそうもない語意は、太陽系外の彼方に飛ばすことにしています。
 平易なことを難解にこね回すコミュニケーションに欠ける語意は、遠くの異星人との非会話にも似ているので彼らに翻訳して貰わないと消化できないのです。
 なんってたって私は、惑星地球に居住していますので、今のところは・・・惑星地球言語や平易な言葉しか受け入れられません。



 1960年代初期のプレートテクトニクスに関する理論の出現は、地球科学に革命を起こしました。
 それ以来、科学者は、この理論を確認し、改良し、今、どのように私たちの惑星がプレートテクトニクスの過程で形作られたかについて非常により申し分のない理解を持っています。
 私たちは、目下、直接または間接的に、プレートテクトニクスが、過去と現在のほとんど全ての地質学的プロセス(過程)に影響するということを知っています。
 実際、地球全体の表面が継続的に変化するという理解は、私たちが私たちの世界を見る観点を深く変えました。
 人は、プレートテクトニクスの力と結果から利益を得て、そして、生存を左右されます。
 ほとんど警告の無い地震や火山噴火は、私たちが生成することができるもの全てよりも、遥かに強力なエネルギー爆発を浴びせることができます。


 私たちにプレートテクトニクス過程を制御できない一方、私たちは、目下それらの活動から学ぶべき知識があります。
 私たちは、プレートテクトニクスのことを知れば知るほど、私たちは、地球の威厳のある力の時々の猛烈な誇示と同様に、生きている大地の壮大さと美しさを認めることができます。
 今日の地球画像では、プレートテクトニクスの概念についての簡潔な入門と、この活動的な惑星に関する米国地質調査(USGS)とスミソニアン協会が1994年に公表した地図と視覚的な情報について、数回のシリーズで伝えたいと思います。
 その発表では、理論の発展促進とその提案以来の進歩の跡をたどり、発見における数名にスポットを当てています。
 プレートテクトニクスについての一般的な考えは、今日、広く受け入れられていますが、多くの面で科学者を困惑させて難詰し続けます。

 プレートテクトニクスの理論によって起こされた地球科学革命は、未だに終わりません。


今日の地球画像 「生きている地球 その1 生存を左右するプレートテクトニクス」


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金曜日, 8月 15, 2008

宇宙の小さな旅 第12回 カリーナ星雲の激烈な星の花火




 ハッブル宇宙望遠鏡は、2007年4月24日に、宇宙ひとりぼっちの滞在17周年を迎えました。
 そろそろ年頃に近づいたハッブルは、将来の子だくさんを夢見たのか激烈な星の花火のカリーナ星雲を熟視してその記念を標しました。

 ハッブルは、カリーナ星雲の騒然たる中央領域50光年を見渡しました。
 そこでは、星の壮絶な死と激烈な誕生の大渦巻きが起こっています。

 南の空では、南十字星からそれほど遠くないところで星座カリーナ(竜骨)を見つけることができます。
 巨大なカリーナ星雲は、ここに地球から8,000光年離れて位置します。
 カリーナ星雲のハッブル眺めは、詳細に新しい面で星出生のプロセスを見せます。
 星雲の中央に、太陽の100倍有ると思われる大規模な星エータカリーナを見つけることができます。
 その近づく爆発の前兆となるガスと塵の2つの膨らんだ突出部が示すように、巨大な超新星になる短い爆発寿命の最後の舞台にあります。
 エータカリナは、およそ150年前巨大な爆発の現場で、その当時、一時的に南の空で最も明るい星の1つになりました。
 星は、星の天文学の1つの素晴らしいミステリーのままです。

 私たちに近い星雲で見られるように、この星雲で非常に興味深い特徴を見つけ出せます。
 塵とガスの柱状物は、星が柱の中で誕生しているという明確な証拠を明らかにします。
 ガスの吹流しは、柱状物から出て、砂の壁に打つ消火ホースのようにガスの中で耕します。
 ジェットは、柱に隠された新しく誕生した星から放たれています。

 至る所で、星雲に対して輪郭を映し出すボークの胞子と呼ばれる冷えた分子の水素と塵の小さい塊を見つけることができます。
 白熱した境い目は、胞子が最も熱い星によって照らされていることを示します。
 星が、そのような塵塗れ繭内で生ずるだろうと仮定されました。

 星雲を横切って散らばる暗い雲の島状の一群は、今のところ光イオン化の浸食に抵抗している塵とガスの塊です。
 その中の目立つ繭の一つが、「毛虫」と愛称を付けられました。

 星雲のファンタジーのような景色は、荷電粒子のそれらの星の風の流体力学だけでなく、怪物星とそれらを従える星団星からの星明りの強烈な圧力によって刻まれます。

 冷えた水素のこれらの素晴らしい雲は、夏の午後の積乱雲の塊に似ています。
 それらは、星雲の端の分子雲の表面より遙かに高いです。
 いわゆる「象の鼻」柱は、星雲の最も明るい星から痛烈な紫外線放射で熱され侵食されることに抵抗します。

 カリーナ星雲で見られるボークの胞子は、その白熱した境い目が、それが星団の中の最も熱い星によるイオン化電子であることを示します。


 星雲の奇怪な景色は、この地獄絵図に居住する怪物星から外へ流れる風と焼けるような紫外線放射の活動によって刻まれます。
 塵によって締められたような冷たい水素ガスの「山」は、カリーナ星雲の中で新しい星が誕生している現場です。
 素晴らしいガス柱は、星雲内で最も熱い新生児星からの紫外線放射によって侵食されています。
 星雲内に点在する「誕生の柱」のうちの1つの頂上に至るクローズアップ眺めは、星が柱の内部で生まれている明白な証拠を明らかにします。
 また、ジェットが、柱の中に隠されている誕生したばかりの星から放たれています。
 これらの星のジェットは、新星の出生の普通のサインです。
 星形成プロセスでこれらの星は、星が誕生した巨大な雲の最後の痕跡である周辺の物質を刻んでいます。

 これらの映像は、ハッブル宇宙望遠鏡の掃天観測用高性能カメラで撮られた48コマから組立てています。
 ハッブル映像は、イオン化された水素に照らして撮りました。
 色情報は、チリのセロトロロ・アメリカ連合天文台で得たデータが追加されました。
 赤は硫黄、緑は水素、青は酸素の放出と一致します。



宇宙の小さな旅 「第12回 カリーナ星雲の激烈な星の花火」 コスモス・ビジョン


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土曜日, 8月 09, 2008

旅客機物語 -3- お休みニューヨーク、おはようカリフォルニア




 今日の地球画像は、旅客機物語3回目で、事実上の締めくくりです。

 初期の頃の旅客機では、航空運賃を支払った後、一部の旅人に飛行中にお釣りが支払われていたようです。
 英語の表現では、Luck was on あるいは Luck came back という現象がありました。(日本語の語感、生命活動現象の名残の大が適宜のようです・・・)

 どちらかというと、お釣りを貰わない方がその後の飛行を心地よくしたかもしれません。

 故事に曰く、出物腫れ物、時と所を選ばず。生命活動現象の名残は、移動中に謙虚な活動ならば心が平安かもしれません。

 さて、航空郵便事業で先鞭となったアメリカですが、旅客飛行では、世界の後陣に配されました。
 しかし、10人以上の大量輸送では、時代の開拓者を譲りませんでした。

 机上では、快適な空の旅が設計されました。実務では、些か快適性で評価が落ちた模様です。
 宇宙旅行も、このような旅客機の経験があればこそ開花できたのです。

 それでは、ちょっと苦笑するところもある草創期の旅客機の回顧物語の締めくくりにお付き合いください。



 商業的な航空産業は、アメリカでは遅いスタートになりました。

 1926年にアメリカの航空会社が郵便袋を運び始めるころには、南アメリカ、オーストラリア、アフリカの大陸上空の他にヨーロッパの17ヶ国で、規則正しい運行計画に沿って旅客飛行を行っていました。
 けれども、第二次世界大戦の10年前までには、商業的な航空産業の初期が、北アメリカで終わっていました。

 1927年に、ユナイテッドの前の2つの郵便輸送航空会社、ボーイング空輸と全米空輸が、サンフランシスコとニューヨーク市間を結ぶ不規則な運行計画の最初の大陸横断の乗客サービス開始に参加しました。

 1929年に、ボーイングと全米空輸は、特に囲まれたキャビンに12人から18人の乗客を運べる設計の三発機輸送機を導入しました。
 これらのより速い飛行機は、国を横断する旅行をわずか28時間まで短縮し、増大した輸送能力は、航空会社が料金を259.50ドル(今日の2,500アメリカドル≒275,000円)に引き下げるのを可能にしました。

 飛行が特定の時間に離陸する予定だった一方、その時間は、今日よりも非常に異なって、天気、飛行機とパイロットの稼働率、そして、乗客の到着には、かなりの挑戦姿勢をとらせました。

 その大陸横断の飛行経験は、今日と非常に異なっていました。

 1927年に開設されたサンフランシスコのミルズ飛行場を飛び立つ前に、白ジャケットのスチュワードが、荷物を量り荷札を付け、搭乗券を回収して乗客に安全規則を説明しました。
 そして、気圧変化に処置する耳栓の綿ボールとチューインガムを含んだ「快適パッケージ」を配布しました。

 当時のほとんどの飛行機は、高度 3,500メートルで飛びました。

 航空機は、今日のように冷暖房完備でしたけれども、非保温状態のキャビンは、冬に冷房がよく効き、夏に暖房能力を発揮していました。また、窓は、新鮮な空気を機内に取り込むために、上下にスライドするか回転できるようになっていました。
 ほぼ全開の窓は、常に新鮮な空気と共に、キャビンにエンジン煙霧を吸い込みました。

 最大の問題は、エンジンの轟音で、それは、ほとんどの時間、通常の会話を妨害していました。もっと分かり易く述べるならば、列車が通過している鉄橋の真下でステレオタイプのイヤホンをして、チューインガムを噛みながら愛を告白しているようなものに似ていました。

 飛行機は、温水と冷水を備えた小さなシンク(流し台)を持っていましたが、トイレは、原始的な設備で床にそれ用と分かる穴を明らかにする開いたシンプルな席でした。時々、逆噴射で多めのお釣りが有ったようです。

 当時は、航空産業の「フライドチキン」時代でした。
 機内食の鶏は、パラフィン紙で包まれ、そして、ポテトチップ、トマトのバッグを伴のものにしていました。
 ボーイングは、昼食テーブルとして使うことができた小さな棚を導入し、チキン焼きなべ料理を含めて、より凝った食事を出し始めました。

 けれども、多くの乗客は、食べることに対する関心がありませんでした。

 飛ぶことは、特に胃に苛酷でした。

 その後に導入されたDC-3は、16時間未満のアメリカ横断便を成功させていました。

 飛行機広告は、「お休みニューヨーク、そして、おはようカリフォルニア」と寝台を約束しました。



 ブログでは、かなり端折ってご案内しています。いつものように心を込めた長文は、今日の地球画像でお読みください。


今日の地球画像 「旅客機物語 -3- お休みニューヨーク、おはようカリフォルニア」


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